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1942年大阪府北区で生まれる。3歳の頃、高槻に疎開し、以後、ずっと高槻で育つ。少年時代は、川でオニヤンマやシマドジョウをとって遊んだり、野山でアケビやグミをとって食べていた。その頃の高槻の川には、ゲンジボタルが顔にバシバシあたるほどいたらしい。
昭和40年に大阪府に入庁し、主任研究員として大気汚染の研究に携わる。様々な仕事を行う中、ふと自分が住んでいる地域のことを、意外と知らないことに気づく。また、ppmだけでは環境をみれないことに気づく。
その後、昭和46年に高槻公害問題研究会(TKK)を立ち上げ、高槻の市民活動に取り組む。TKKでは、“生きものを通して環境をみる”をテーマに、フィールドを主体とした自然観察会を実施する。
平成5年〜12年まで、本センターの先行的研究業務の一環として、環境教育研究会で、環境学習プログラムの開発を手がける。水辺の環境調査として、大和川水系、近木川の生きもの調査を行い、またヤゴ救出作戦で、府下の小学校に若手職員を引き連れて、積極的に繰り出した。
平成14年3月に退職後、引き続き研究員として酸性雨に関する研究に携わり現在に至る。この度、本プログラム作成にあたり、とても厳しいご意見番として活躍していただいた。
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